79歳の女性。Alzheimer型認知症。趣味の詩吟や洋裁をして過ごしていたが、75歳ごろから物忘れが目立ち始めた。最近、夫が入院して独居となったが、洋裁や家事ができなくなり自信を喪失して介護老人保健施設に入所となった。HDS-R10点で、日付、減算、遅延再生および野菜の想起に失点を認めた。問題行動は特に認めない。この患者に対する自己効力感の向上を目的とした作業療法導入時の作業として適切なのはどれか。
選択肢をタップすると答えと解説が表示されます
出典:厚生労働省ホームページ(第52回作業療法士国家試験の問題および正答)。公共データ利用規約(第1.0版)に基づき利用。問題文・選択肢は公式の問題冊子のとおり掲載しています(文字の体裁を一部整えています)。解説は medimichi が作成したものです。
正解は1番
解説
自己効力感の向上を目的とする場合、患者が成功体験を積みやすい活動を選択することが重要です。患者は以前、詩吟を趣味としており、認知症の進行は認められるものの、HDS-Rの失点項目(日付、減算、遅延再生、野菜の想起)は詩吟の実施に直接的な障害とはなりにくいと考えられます。洋裁は「できなくなり自信を喪失した」と明記されており、計算ドリルは「計算に失点」、献立づくりは「家事ができなくなった」、立体パズルは馴染みのない活動であり、いずれも失敗体験につながる可能性が高いです。そのため、過去に得意だった詩吟を選択することで、達成感を得やすく、自己効力感の向上につながると判断されます。
選択肢ごとの解説
- 1. 正解。患者は75歳頃まで詩吟を趣味としており、認知機能低下後も「問題行動は特に認めない」ことから、以前から慣れ親しんでいた活動は比較的維持されている可能性が高いです。HDS-Rの失点項目も詩吟のような定型的な活動に直接影響しにくい記憶や見当識に関する部分であり、発揮できる能力は残っていると考えられます。成功体験を通じて自己効力感を向上させるには、得意だった活動の中から現状でも実施可能で、達成感を味わいやすいものが最適です。
- 2. 患者は洋裁も趣味としていましたが、最近「洋裁や家事ができなくなり自信を喪失した」と明確に記載されています。この状況で洋裁を導入すると、失敗体験につながりやすく、かえって自己効力感を低下させる恐れがあります。患者の状態に合わせて活動を選択する必要があります。正しくは:現在の能力レベルに合わせて、簡単な作業から始める、または成功体験につながる別の活動を選ぶべきです。例えば、洋裁の中でも一部の簡単な工程(ボタン付けなど)を補助付きで行うなど、難易度を調整した上で導入を検討することもできますが、導入初期の自己効力感向上を目的とするならば、現時点での選択肢としては不適切です。選びやすい理由:元々趣味であり、好きな活動なので良い選択肢に見えます。混同注意:患者が「できなくなった」と明言されている活動と、まだ「できる」可能性がある活動の区別。
- 3. HDS-Rで「計算」の項目に失点を認めており、計算能力の低下が示唆されています。このような課題を導入すると、患者は失敗を繰り返すことになり、自己効力感の向上どころか、さらに自信を失う可能性が高いです。自己効力感の向上には、達成可能な課題から始めることが重要です。正しくは:自己効力感の向上を目的とする場合、患者が成功体験を積めるような、得意な領域や残存機能を生かせる活動を選択すべきです。選びやすい理由:認知機能の維持・改善のために「訓練」として提供される活動であるため、一見良さそうに見えます。混同注意:「訓練」と「自己効力感の向上」という目的の違い。
- 4. 患者は「家事ができなくなり自信を喪失した」とあり、献立づくりも家事の一部であるため、現在の能力レベルでは困難を伴う可能性が高いです。また、HDS-Rで「遅延再生」や「野菜の想起」に失点があることから、複数の情報を統合して計画を立てるような複雑な思考が難しい可能性も示唆されます。失敗体験につながり、自己効力感を低下させる恐れがあります。正しくは:献立づくりに代わり、例えば簡単な調理補助や食器の準備など、より具体的な行動で達成感を得られる活動を検討すべきです。選びやすい理由:食事は日常生活動作に関連が深く、意欲を引き出すきっかけになるように見えるかもしれません。混同注意:日常生活に密接な活動であれば何でも良いという誤解。
- 5. 患者が趣味としていた活動ではなく、馴染みのない活動です。HDS-Rの失点項目から視空間認知能力の低下は明確ではありませんが、新規の複雑な課題は、特に認知症患者にとっては難易度が高く、失敗体験につながりやすいです。自己効力感の向上には、慣れた得意な活動から導入することが望ましいです。正しくは:患者の過去の経験や現在の残存能力、そして目標(自己効力感向上)に合致する活動を選ぶべきです。立体パズルを導入するとしても、非常に簡単なものから始めたり、患者の興味を事前に確認したりする必要があります。選びやすい理由:認知症の進行予防や脳トレとして一般的に用いられる活動のため、有効に見えるかもしれません。混同注意:認知症に対する一般的なアプローチと、自己効力感向上という特定の目的のためのアプローチの区別。
国試ポイント
認知症患者の作業療法において、自己効力感の向上を目的とする場合、患者の過去の生活歴、趣味、現在の残存能力、および具体的な課題項目での得意・不得意を総合的に評価し、成功体験を提供できる活動を選択する視点が問われています。特に、過去の活動でも「できなくなった」と明示されているものと、まだ「できる」可能性のあるものを区別する能力が重要です。
混同注意
自己効力感の向上を目的とするか、認知機能の維持・改善(訓練)を目的とするかで、活動の選択基準が異なります。訓練目的であれば苦手な部分を刺激する課題も有効ですが、自己効力感向上では成功体験が必須です。また、「趣味」であった活動であっても、現在の状態によって「できるもの」と「できないもの」があることを区別できないと間違えやすいです。
次に同じ論点が出たら
今後同様の問題が出た場合、まず設問の「目的」を明確に把握し(例:自己効力感向上、認知機能維持、BPSD対応など)、次に患者の「過去の生活歴」と「現在の状態(HDS-Rの失点項目、本人の訴え)」を詳細に分析します。その上で、目的に合致し、かつ患者が成功体験を積みやすい(あるいは失敗体験を避けられる)活動を慎重に選ぶように判断します。
関連知識
自己効力感(self-efficacy)の概念:アルバート・バンデューラが提唱した、目標達成に必要な行動を遂行できるという自己への確信。認知症患者に対する作業療法においては、残存能力を最大限に活用し、成功体験を積ませることで、自信を取り戻し、活動への意欲を高めることが重要とされます。活動選択の際には、興味・関心、過去の経験、現在の能力レベル、活動の難易度調整が鍵となります。