60歳の男性。Alzheimer型認知症。若いころから日曜大工が趣味で、本棚や花壇などを作っていた。1年前から食事をしたことを忘れるようになった。最近、置き忘れた財布を「盗まれた」などと言い、家庭内でのトラブルが多くなり精神科を受診して入院となった。作業療法導入時、「ここは学校ですか。私は仕事がありますので帰ります」と言い、作業療法室内を歩き回り、他の患者に対する怒声や暴言が観察された。この時期の作業療法士の対応で優先すべきなのはどれか。
選択肢をタップすると答えと解説が表示されます
出典:厚生労働省ホームページ(第58回作業療法士国家試験の問題および正答)。公共データ利用規約(第1.0版)に基づき利用。問題文・選択肢は公式の問題冊子のとおり掲載しています(文字の体裁を一部整えています)。解説は medimichi が作成したものです。
正解は3番
解説
認知症患者が新しい環境(入院)に置かれ、見当識障害や興奮、徘徊、妄想といった周辺症状(BPSD)を示している場合、まず優先すべきは患者の不安を軽減し、安全で安心できる環境を提供することです。患者が新しい状況に慣れるように援助し、治療者との信頼関係を築くことで、周辺症状の軽減や今後の作業療法への導入がスムーズになります。その他の選択肢は、患者の現在の状態や病期には不適切な介入、または優先順位が低い対応です。
選択肢ごとの解説
- 1. 認知症による見当識障害や周辺症状(BPSD)が原因の行動に対して、厳しく叱責することは患者の不安や混乱を増強させ、医療者への不信感につながります。治療関係の構築を阻害し、症状を悪化させる可能性があります。正しくは:患者の言動の背景にある不安や混乱を理解し、安心させる声かけや対応を行うべきです。選びやすい理由:混乱している状況を収拾しようと、つい強い介入を試みたくなるかもしれませんが、これは認知症患者には逆効果です。混同注意:問題行動に対する「しつけ」や「指導」と、認知症患者の症状理解に基づいた「対応」を混同しています。
- 2. 現在の患者は入院したばかりで、見当識障害や妄想、興奮といった周辺症状が顕著であり、環境への適応や症状の安定が最優先される段階です。この状況で、現実的な判断力や集中力を要する職業リハビリテーションを導入するのは時期尚早であり、患者に過度な負担をかける可能性があります。正しくは:職業リハビリテーションは、精神症状が安定し、認知機能や作業遂行能力がある程度回復または維持されている段階で検討されるべきです。選びやすい理由:患者が「仕事があるから帰る」と発言していることから、その訴えに応えようと職業関連の介入が必要だと誤解するかもしれません。混同注意:患者の訴えを鵜呑みにすることと、患者の現状(病期、症状)に基づいた現実的な介入順序の判断を混同しています。
- 3. 正解。入院直後で、見当識障害、興奮、徘徊傾向、妄想といった周辺症状が見られる認知症患者にとって、まずは安全で安心できる環境を提供し、新しい場所や治療者、他の患者に慣れてもらうことが最も重要です。これにより、患者の不安を軽減し、医療者との信頼関係を築き、今後の治療的介入への準備を整えることができます。これは認知症の周辺症状が強い時期の作業療法における基本的な初期対応です。
- 4. 患者の趣味であったことは重要な情報ですが、現状では見当識障害や周辺症状が強く、複雑な木工活動は過度な負担となり、失敗体験や混乱を招く可能性があります。まずは患者の状態を観察し、簡単な活動から導入し、段階的に進めるべきです。正しくは:まずは、見当識を混乱させず、失敗の少ない、短時間で完結するような単純な活動(例: 塗り絵、簡単な手芸など)を導入し、患者の集中力や意欲、気分を観察します。症状が安定し、環境に慣れてきた段階で、過去の趣味を生かした活動を検討します。選びやすい理由:患者の過去の趣味という情報から、すぐにその活動を提供することで意欲を引き出せると考えがちですが、現在の症状を考慮しないと逆効果になりかねません。混同注意:症状安定前の「初期介入」と、個別の「興味・関心に基づいた活動導入」の順序を混同しています。
- 5. アルツハイマー型認知症における記憶障害は進行性であり、その「改善」を直接的に目指すことは困難です。残存能力の活用や代償手段の習得、生活の質の維持が中心となります。また、この時期の周辺症状が強い患者には、記憶力改善を目的とした活動は負担が大きく、混乱を招く可能性があります。正しくは:記憶力そのものの改善ではなく、残存する認知機能の活用や、環境調整、外部記憶補助具の導入などを通して、生活機能の維持・向上を目指します。この段階では、むしろ周辺症状の軽減や環境適応に重点を置くべきです。選びやすい理由:認知症の中心症状が記憶障害であるため、そこに介入したくなる気持ちは理解できます。混同注意:認知症における「記憶力改善」の目標設定の限界と、急性期の周辺症状に対する介入の優先順位を混同しています。
国試ポイント
認知症患者の作業療法において、病期や症状、特に周辺症状(BPSD)が顕著な場合の導入期における作業療法士の対応として、最も適切で優先順位の高いものを判断する能力を問う問題です。
混同注意
患者の趣味や過去の役割を早期に活用すること(4)や、患者の訴え(「仕事がある」)に直接応えようとすること(2)は、患者の個別性を重視する介入として魅力的ですが、現在の患者の状態(混乱、周辺症状)を考慮すると、導入初期には不適切です。また、記憶障害に対する介入(5)も認知症の本質に関わるため選びやすいですが、現実的な目標設定と導入期の優先順位が重要となります。
次に同じ論点が出たら
患者が環境に適応し、不安が軽減された後、改めて残存能力の評価を行い、過去の趣味や関心を尊重しつつ、難易度を調整した活動(例: 簡単な手工芸、園芸、音楽活動など)を導入していくことが考えられます。自己表現を促す活動や、気分転換、身体活動なども検討し、患者の生活の質(QOL)向上を目指します。
関連知識
認知症の行動・心理症状(BPSD)への対応原則(非薬物療法、環境調整)、見当識障害への対応、作業療法評価(初回面接、行動観察、環境調整の視点)、治療関係の構築、認知症各病期における作業療法の目標と内容。