60歳の男性。右利き。脳梗塞を発症し、回復期リハビリテーション病棟に入院中である。食事時に右手でスプーンの柄を握りこんでしまい、うまくスプーン操作ができず、介助が必要になることが多いが、少しずつ食事動作が円滑にできる場面が増えてきている。頭部MRI(別冊No. 3)を別に示す。この食事動作の病態として考えられるのはどれか。

選択肢をタップすると答えと解説が表示されます
出典:厚生労働省ホームページ(第52回理学療法士国家試験の問題および正答)。公共データ利用規約(第1.0版)に基づき利用。問題文・選択肢・図は公式の問題冊子のとおり掲載しています(文字の体裁を一部整え、図は冊子から切り出しています)。解説は medimichi が作成したものです。
正解は1番
解説
患者がスプーンを『握りこんでしまい、うまくスプーン操作ができない』という状況は、個々の運動能力(スプーンを握る)は残存しているにもかかわらず、その道具の目的や一連の動作の手順(スプーンを使って食べるという行為の概念)が障害されていることを示唆しています。これは観念失行の典型的な症状です。観念失行は、行為の全体的な計画や目的の理解が障害されるため、道具の適切な使用が困難になります。下に示すMRI画像で左前頭葉から頭頂葉にかけての広範囲な病変が示されており、この領域は観念失行と関連が深いです。
選択肢ごとの解説
- 1. 正解。観念失行は、個々の動作は可能でも、一連の動作の手順や目的が理解できないために、適切な道具を適切な方法で使えない状態を指します。患者がスプーンを『握りこんでしまい、うまく操作できない』という状況は、スプーンを使用するという行為全体の概念が障害されている可能性を示唆しており、観念失行の特徴と合致します。
- 2. 視覚性失認は、目に見えている物の形や色を認識できても、それが何であるか、何に使うものであるかを理解できない状態を指します。本事例では、患者はスプーン自体が見えていることは示唆されており、単に物体の認識ができないわけではありません。正しくは:視覚性失認であれば、スプーンがスプーンとして認識できないために、道具として使えないと表現されるでしょう。選びやすい理由:脳病変による高次脳機能障害であるため、関連疾患として混同しやすいです。混同注意:『観念運動失行』や『構成失行』など他の失行、『視空間失認』など他の失認と混同しやすいです。
- 3. 運動維持困難は、特定の姿勢や動作を維持することが難しい状態を指します。本事例では、スプーンを握りこんでしまうという、まさに動作の手順や目的の理解に関する問題が示されており、単に運動を維持できないわけではありません。正しくは:運動維持困難であれば、「スプーンを持っていられない」「腕を上げたままにできない」といった症状が考えられます。選びやすい理由:脳梗塞後の運動機能障害として一般的なため、選びやすいかもしれません。混同注意:『運動失調』や『不随意運動』と混同しやすいです。
- 4. 右上肢運動麻痺は、右腕の筋力低下や運動制御の障害を指します。患者はスプーンを『握りこんでしまう』ことはできており、運動自体は可能であるため、単なる筋力低下や麻痺とは異なります。また、『少しずつ食事動作が円滑にできる場面が増えてきている』という記述も、麻痺の改善だけでは説明しきれない複雑な問題を示唆しています。正しくは:運動麻痺であれば、スプーンを握ること自体が困難であったり、握れても持ち上げられなかったり、震えたりするなどの症状が見られます。選びやすい理由:脳梗塞後の最も一般的な症状の一つであるため、第一に疑われやすい選択肢です。混同注意:『巧緻運動障害』や『協調運動障害』と混同しやすいです。
- 5. 深部覚障害は、関節の位置覚や運動覚、振動覚などが障害されることを指します。これにより、スプーンの重さや位置、握っている感覚が鈍くなる可能性はありますが、『握りこんでしまい、うまくスプーン操作ができない』という、道具の使用手順の概念的な障害とは異なります。正しくは:深部覚障害であれば、スプーンを握っている感覚が分からず、落としてしまったり、力加減が難しかったりする症状が考えられます。選びやすい理由:脳梗塞後に合併しやすい感覚障害の一つであるため、選びやすいかもしれません。混同注意:『表在覚障害(触覚、痛覚、温度覚)』や『身体失認』と混同しやすいです。
国試ポイント
脳損傷後の高次脳機能障害、特に失行の分類と症状を理解しているかが問われています。具体的な症例提示から、どの失行タイプに合致するかを判断する能力が必要です。運動麻痺や感覚障害といった基本的な神経症状との鑑別も重要です。
混同注意
観念運動失行(観念失行よりも個々の運動要素が障害される)、構成失行(視空間認知の障害による構成能力の障害)、着衣失行(着衣の概念理解や順序付けの障害)など、他の失行の種類や、失認などの他の高次脳機能障害と混同しやすいです。
次に同じ論点が出たら
同様の問題が出た場合、まず患者の具体的な症状(何ができて、何ができないのか)を詳細に分析し、それが運動麻痺、感覚障害、失行、失認のいずれのカテゴリに属するかを大まかに判断します。特に『道具の使い方がおかしい』『手順が分からない』といった記述があれば失行を疑い、さらにどの失行タイプかを症状の特徴から絞り込む必要があります。MRI画像は病変部位を示しており、高次脳機能障害と関連する脳領域を把握しているかも問われます。
関連知識
失行には、観念失行、観念運動失行、構成失行、着衣失行、口腔顔面失行など様々なタイプがあり、それぞれ障害される部位や症状が異なります。観念失行は、左頭頂葉やその周辺の脳損傷によって生じることが多く、行為の概念的なプランニング障害と関連します。MRI画像で示された広範囲な左脳病変は、この病態を裏付ける所見となります。